**みやび通信第14号(通刊第50号) 2003 (平成15) 年12月1日 発行:KAZU**
第 14 号
カイロウドウケツ
●思い出
小学校二年生の頃、父に買ってもらったのが小学館の「昆虫の図鑑」、「植物の図鑑」、「魚介の図鑑」。その「魚介の図鑑」の最初の方に「カイメン(海綿)のなかま」として「カイロウドウケツ」の絵が載っていました。その変な名前故に覚えていましたが、絵は灰色で、全然生き物のイメージが湧いてこないものでした。
小学校六年生の時、近くの本屋さんで「大阪の自然」(昭和41年、六月社刊)という本を買いました。新書サイズの本で、長い間書店の棚にあったらしく少し日焼けしていましたが、中身はタイトルのように大阪都心部を含め大阪府下で見られる様々な動植物、化石、鉱物、岩石、地層などが多くの執筆者の手で書かれていました。一つ一つは数ページの短文ながら、興味深い内容で何度もよみ返しました。
大阪自然科学研究会の面々が執筆したということですが、メンバーには学校の先生や企業人なども多かったようで、その中は後になって出会うことになる先生もおられました。確か「工事現場の貝」という題で短文を書いておられたのが、金子寿衛男先生でした。巻末の執筆者紹介で先生は海洋古生物学、軟体動物学専門とありました。
高校一年の時、生物の先生がその金子先生でした。さすがに海洋生物がご専門だけあって、例えに出す生物が海のものが多かったです。ブンブク、タコノマクラ、カシパン、石灰藻など知らぬ人にはなんじゃいなという生き物が登場しました。生物の学名を付ける二命名法の例もハマグリ(Meretrix meretrix Linne)で説明されました。未だもって貝の学名はこれしか覚えておりません。
あるとき、先生が「これは何か」という質問と共に取り出したものがありました。木箱に納められたそれは、網目状の石綿のようなもので、細長く、色は少々すすけた白。生物の時間でしたから、生き物であることは間違いないのでしょうが、おおよそ見当のつくものはありませんでした。これがカイロウドウケツカイメンを実際に見た最初でした。そして、「偕老同穴」の言葉の意味とカイロウドウケツ、ドウケツエビのことを教えていただきました。「魚介の図鑑」の絵とは大違い、やはり百聞は一聞に如かずです。
見事な網目構造
●カイロウドウケツ
さて、カイロウドウケツはカイメン動物の一種です。カイメン動物はモクヨクカイメンの様に化粧用、文具、工業用に利用されるものもあります。海綿というと母の化粧台にあった化粧用海綿しか知りませんでした。今でも売っているそうですね。印刷業界ではごく最近まで刷版の表面を拭くのに使っていました。近年は合成品に取って代わられました。
カイロウドウケツは珪質の骨片が網目状になったガラス質のカイメンで、円筒形をしており中が中空になっていて、ちょうどガラス繊維の籠で、網目は2〜3ミリ、中に一対のドウケツエビが共生していることが非常に多いということです。写真はEuplectella属のカイメンで、同定者によると「ヤマトカイロウドウケツ」に間違いないそうです。
ドウケツエビは幼生の時、カイメンの網目をくぐって体内腔に入り、そこで成体になります。成体の大きさは15ミリという情報もありますが、私の標本の中の残骸からみるともっと大きいように思います。先にカイメンの体内に入って大きい方がオス、後からは入った方がメスになるということで、常に雌雄一対。共に一生をそこで終えます。共生とはいっても片利共生(一方の生物だけが利を得る共生)で、エビは永住の住処とカイメンが作る水流に乗って体内に入ってくるプランクトンのおこぼれを頂戴します。エビの全体像は図鑑にもなかなか載っていないもので、20年ほど前にイラストを描いたときもエビはイメージです。
●偕老同穴
広辞苑を開くと、偕老同穴とは「夫婦の愛情深く、生きては共に老い、死しては穴を同じくして葬られること。」とあります。語の起源は古く、それ故にカイメンは名前をカイロウドウケツと呼ばれるようになり、夫婦円満、夫婦の深い愛情を示す縁起物として、尊ばれるようになりました。深海(水深300〜1000メートル)に生息し、底引き網などにかかって上がった時は乾燥して木箱に納め、縁起物として土地の有力者や領主などに贈られたそうです。そういう経緯もあって科学館や自然博物館でも展示されますが、宝物館や歴史博物館といった生物とは縁のない所でも時々みかけます。機会がありましたら捜してみてください。