**みやび通信第20号(通刊第56号) 2004 (平成16) 年6月1日 発行:KAZU**
第 20 号
セミヤドリガ
●どんな昆虫か
みなさんはセミヤドリガという蛾をご存じですか。都市部でしかセミ採りをしたことがない人は知らないかもしれまんが、山間部でヒグラシやツクツクボウシなどをねらってセミ採りをしたことがある人なら見たことがあるでしょう。ヒグラシなどのセミの腹部に蛆状の幼虫がついていることがあります。これがセミヤドリガの幼虫です。
蛾の仲間は大半が植物質のものを食べて育ちますが、中に動物質のものを食べるものがいます。セミヤドリガはセミに外部寄生してその体液を食べて成長します。幼虫は小さい内は胸部と腹部の関節の間に潜んでいますが、大きくなると腹部に移動してきます。蛆状ですが、胸部の脚(胸脚)も腹部の脚(腹脚)もありしっかりと寄主にしがみついていて、大きくなるとロウ物質をかぶって白っぽくなります。十分大きくなると寄主をはなれて、繭を作り、中で蛹になってやがて羽化して蛾になります。
古くからセミに寄生する蛾として知られており、その名も生活史に由来します。成虫は野外で見つけるのはかなり困難で、専門書にも完全な標本を得るにはセミに寄生している幼虫を採集して、羽化させて得るように書いてある程です。
成 虫
●最大のなぞ
しかし、このセミヤドリガの生活史は最初の部分が不明で、未だ解明されておらず、地味な存在ながら注目する人が多く、近年では学部学生が卒論のテーマにセミヤドリガの生活史を取り上げるなどして、やっと解明されつつあります。
「セミヤドリガはどうやってセミにとりつくのか」が最大のポイントです。例えばアゲハチョウの幼虫に寄生するアゲハヒメバチは成熟したアゲハチョウの5齢幼虫に産卵管を突き刺して卵を生みます。アゲハチョウの幼虫は蛹になりますが、命はそこまで。アゲハヒメバチの幼虫は蛹の中で成長して、蛹を食い破ってハチが飛び出してきます。モンシロチョウの幼虫(アオムシ)に寄生するアオムシコマユバチはアオムシの若齢幼虫に卵を産みつけます。アオムシは蛹になる直前まで成長しますが、やがてアオムシコマユバチの幼虫がアオムシの体を食い破って外に出てきます。この場面に遭遇するとかなり壮絶です。そして、すぐに小さな繭を作って、中からコバチが飛び出してきます。いずれも動きの遅い寄主を成虫が襲って産卵します。 ではセミヤドリガはどうするのでしょうか。セミヤドリガの幼虫はセミから離れるとすぐにその場で繭を作って蛹化し、やがて成虫が出てきます。この蛾はいずれもメスだけだそうで、交尾なしにすぐさま産卵し、卵は正常に孵化するそうです。つまりメスだけで繁殖する処女生殖を行います。卵は翌年の夏、セミの羽化する時期に孵化します。多くの人は孵化した幼虫がじっとセミがやって来るのを待ち、セミが近くに留まると速攻でセミの脚にしがみついて寄生するものと考えていました。ところが最近の研究ではそうではないようなのです。
セミに寄生する幼虫
●セミにとりつく方法は?
ここで思い出していただきたいのが、シガニー・ウィーバー主演のホラー映画「エイリアン」です。地球へ帰還中の宇宙船が怪電波を受信、調査に行くとミイラ化した異星人を発見、さらにその近くに奇妙な卵を発見する。人(寄主)が近づくと文字通り卵はHatchして中から幼生が飛び出し寄主に寄生する。セミヤドリガの幼虫も孵化直前の状態で卵の中でひたすら待ち、セミの接近を感じて孵化してセミに寄生するようです。セミの接近をどうやって感じるか。鳴き声ではありません。なぜなら、セミヤドリガが寄生するのはメスの方が多いからです。私も何度か寄生されたセミを見ましたがいずれもメスでした。まだはっきりしたことはわかっていませんが、どうやらセミのハネの振動やハネが起こす風が孵化の刺激になっているということです。 こうして、幸運にセミに取りついたセミヤドリガの幼虫はセミの体液を吸って大きくなるわけです。セミヤドリガは子孫を残すために寄生率を上げる努力もします。産卵数は1頭の成虫が200〜1500と非常に多いです。また、卵を産む場所は自分がセミから離れた場所、つまりセミが次の年もまたやって来るであろう場所で、かためて産まずバラバラに産むようです。何と奇妙なおもしろい虫だと思いませんか。
セミは昆虫の中では長寿で有名な虫です。その大半が幼虫時代ですが、アブラゼミでは七年も生きます。そして二週間ばかりの成虫時代を過ごすわけですが、セミヤドリガはその二週間に一生をかけるわけです。
参考文献
保田淑郎、広渡俊哉、石井実編「
小蛾類の生物学
」文教出版、1998年刊
日本の小蛾類研究の中心的役割を果たしてきた大阪府立大学農学部昆虫学研究室の関係者が共同執筆した小型蛾類に関する書。昆虫学に興味のある人には読みやすい平易な文章ながら、一般の方には少々専門的過ぎるかなという内容。でも、志す人にはお勧めです。