**みやび通信第35号(通刊第71号) 2007 (平成19) 年5月12日 発行:KAZU**

第 35 号

明石城(その1)





はじめに


 ゴールデンウィークの休みを利用して、明石市立天文科学館を訪ねた折にJR山陽線の明石駅前、明石公園内にある明石城を歩いてきました。
 前回訪ねた時は坤櫓と巽櫓を結ぶ城壁が復元される前だったので、今回はその壁を見ることが一番の目的でしたが、思った以上に広く城の北側は殆ど見ることができませんでした。次回がいつになるかはわかりませんが、その2で城跡の北側からの姿をご紹介したいと思っています。明石城全体図(茶色の部分は石垣、水色は堀)
 明石城は1618年、徳川秀忠の勅命により明石藩が建設した城で、完成は1620年、400年ほど前に建てられた城です。四つの隅櫓と本丸御殿が建てられ、坤櫓の北側には天守台の石垣が築かれたものの、天守閣は建てられずに今日に至ってます。現在は坤櫓、巽櫓、石垣、天守台が残っており、二つの櫓の間を結ぶ土塀は近年復元されたものです


坤櫓(ひつじさるやぐら)



 JR明石駅から堀を越えて明石公園に入ると、すぐに見えてくるのが現在残っている二つの櫓。左が坤櫓(ひつじさるやぐら)です。一国一城令により廃城となった京都の伏見城の櫓を譲り受け、移築されたものです。


巽櫓(たつみやぐら)



 左手に見えるのが巽櫓(たつみやぐら)です。この櫓も坤櫓同様に三層の櫓ですが、比べてみるとその様式がわずかに異なります。


松平直明公遺愛お茶の水



 公園内を石垣に沿って昇る道を取り、しばらく行くと右手の方にあるのが松平直明公遺愛お茶の水(まつだいらなおあきらこういあいおちゃのみず)。第8代城主松平直明がこの水を使用してお茶を点てられ、明石城内で良質の水が得られる井戸として有名だったそうです。


ふたつの櫓を結ぶ城壁



 本丸へ上がるとすぐにあるのが巽櫓。二つの櫓を結ぶ城壁には鉄砲間と矢間が見られます。


天守台



 明石城内にはたくさんの種類の木が植えられており、当然城が城として機能していた頃とは趣は異なると思いますが、頭の中で樹木を取っ払うと往時の城の姿が見えてくるようです。天守閣が建造されなかった天守台。ここも樹木が茂ってけして見通しは良くありません。


艮櫓(うしとらやぐら)跡



 天守台の北側には乾櫓(いぬいやぐら)があったはずです。そして四つ目の櫓、艮櫓(うしとらやぐら)は明治初期に学校用材として解体されたそうです。その姿はありませんが昭和53年都市緑化植物園建設工事の際に発掘調査がなされており、三層の櫓の構造が確認されています。現在は埋め戻されており石垣の上に標識が立つのみです。


本丸跡




二の丸跡




東の丸跡




 明石城はまずJRの駅ホームから見ろと言う人もいますが、今回は山陽電鉄を利用したので駅からは見ることができませんでした。JRを利用される方は大阪方面行きのホームから見られることをお勧めします。架線が少々邪魔をしますが、二つの櫓と白い壁を見渡すことができます。駅から近いですし、公園は桜の名所でもあります。また明石市の公園整備が行き届いており、様々な樹木が植えられ、その殆どに種名を記した札が付けられています。種類の豊富さにも驚きます。訪ねて決して損をしない名所です。